散散歩歩。(620)空海の字は美しいのか。

昨日、梅田に出ると柱の広告が目に入った。
大阪市立美術館で開催されている特別展「王羲之から空海へ」だ。
副題として、「日中の名筆 漢字とかなの競演」「書聖たちの傑作、大阪に集結!」とある。

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何となく面白そうだと思ったので行ってみた。
とはいうものの、凡が書というものに対して詳しいというのではない。
字がうまいのかというと乱筆この上ない。
でも、見るのは好きなんだ。

梅田から地下鉄で天王寺へ移動する。
天王寺公園のあったところは、またカフェなどのお店が出来ていて、また風貌がかわっていた。
どうも、変わるたびに気に入らないように変わっていくと感じるのは凡の年のせいだろうか。

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さて、美術館は天王寺公園の横にある。
入ると果たして混んではいない。

そして展示物を見て回るうちに、ある疑問が湧いてきた。
その疑問は、この展覧会の展示物を根本から疑うものであり、ただそれは素人が感じたことであるので、見当違いの疑いなのかもしれないが、単純に湧いてきた疑問である。

それは、果たしてこの字は美しいんだろうかという疑問だ。

美術館内は写真撮影が禁止されていたので、その字を示してみんなにどうですかと問えないのが残念だけれど、パンフレットの写真があるので、それをアップしてみたいと思う。

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この字は美しいのだろうか。
これは三筆の一人空海の字だ。
もちろん、凡は内容が分からないのですが、これはメモ書きのようなものかもしれない。

でも、私には美しい字には見えない。

空海にだって、きちんと書いた字と、走り書きをした字があると思う。
もし、これがちょこっと走り書きをしたメモ書きだとするなら、そういう扱いをするべきではないだろうか。

詰まりは、いくら三筆だと言っても、これは素晴らしい字であり、これはイマイチな字であると、評価するべきではと思う。

全部が全部、空海の字だからと言って、恭しく大袈裟にガラスケースの奥に鎮座させて拝ませる必要はないと思うのであります。

と、ここまで、この字をイマイチな字と凡は凡の感覚で勝手に決めつけて、書いているのではありますが、他の人の目にはどう映るのだろうかと興味がある。
みなさんは、どう思われますでしょうか。

この空海の字に限らず、今回の展覧会に出品された字のどれを見ても、イマイチなものが多い。
あくまでも凡の感覚ではあるけれど。

一体、書を鑑定する人は、この字のどこを以ってして美しいと判断するのだろうか。

例えば、誰か無名の人の字と、中国の有名な書家や空海の字を、名前を伏せて上手いか下手かを比べた時に、100パーセントの割合で空海の字の方が上であると判断するのだろうか。

とはいうものの、この空海の字についていえば、そして展示されていたほとんどの有名な書家の字についていえば、これは書としては成り立っている。

最近では、前衛的な書を書く人も多い。
墨の色を極端に濃淡つけたり、極端なデフォルメをしたり、或いは、もう判別できないような字であったり。
あれは、どうも意味不明である。

書としてなりたっていない。

書というのは、字を書くものである。
字とは、人に何かを伝えるものである。
なので、その描かれた字を見て、何が書かれているか分からないというのであれば、それは書としての本来の面目を果たしていないことになる。

何か形而上的なものを表現したいのなら、字ではなくて絵を描けばいい。
その方が、表現の幅があるだろうし、自由だ。

敢えて書で表現するなら、文字として通じるものでなければいけない。

凡は岡本太郎さんが好きなので擁護するわけではないけれども、岡本太郎さんも「遊ぶ字」として何枚も字を使った絵を出している。
でも、あれは絵のようだけれど、誰でもその元の字を読み取ることができるものだ。
なので、絵としても字としても成立している。

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そういう意味では、凡は今まで楷書と言うものが、何か恥ずかしいというか、それを書くことが社会に対して従順であるような気がして、嫌いと言うよりも書くのがイヤだった。

でも、今回の展覧会を見て、楷書の素晴らしさに改めて気が付いたのであります。
あの、凛とした潔さは、ちゃんと人に伝えるという役割を正面から受け止めている。

それに比べて、行書も草書も、あれはその字で書かれた手紙などを貰っても解るものなのだろうかと思う。
どうなんでしょう、詳しい人がいたら教えてほしい。
昔の人は、草書で書かれた手紙を、もらった人は読めたのかということを。

そんなことを考えていると、先日凡は釜山まで遊びに行ってきたのですが、あのハングルという文字は、伝えるという点においては、素晴らしいものがあると思う。
誰でも、その法則をしれば読むことが出来る。
そして、はっきりとしているので潔さがある。

しかし、書というものは、字を書くにあたって、そこに芸術性を求めてきた一面もある。
ただ単に「書」といえば、そちらのほうを指すことが多い。
もっと進めていうなら、字と言うものを書くのに、その字に美しさだけでなく、その人の感性でもって、その人の内面の充実や、人生観などを盛り込むところに存在価値を求めてきたものだと思う。

中国の映画などでも、書は剣に通ずとか。
書を特別視したり、書以外の何かをそこに見出すというストーリーが多くある。

それは、凡は興味深い話だと思う。
ただ、それを凡は見極める目は持っていない。
なので、展示物の中に、最澄の手紙があって、その解説に「極めて境地の高い書である」と書かれていたが、凡には判断不能であった。

ただ、書を見て、理屈ではなくて感動するという感覚は凡にでもある。
今年になって、大本教の本部に見学に行ったときに見た、出口すみこさんの書は、それはのびやかで、ああいう字を書きたいなと思ったことがある。
凡は大本教の信者ではありませんが、素直にそう感じた。

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(こだわりのない字ですよね。)

なので、字には、その持つ意味の以外にも、何かを伝える力はあると思う。
そして、凡だって、そんなもの表現しながら、字を掛けたら、どんなにか素晴らしだろうなと思うのであります。

そんなことを考えながら会場を回っていた。

そして、話は変わるけれども、気が付いたことがあるので書きたい。

凡は子供のころから、習字というか筆で文字を書くときは、まず筆を紙に対して垂直に構えて、始めにトンと筆を打ち込むように下して、それから例えば「一」だったら、横に線を引いて、最後にやや筆を溜めるようにして上斜め方向に筆を持ち上げるようにしてコブのような止める形にする。

「国」などの字の時も、右上の角の所は、そんな風に止めたコブが出来るように書けと教わった。
今でも、それは同じじゃないだろうか。

それが今回の展示物の字を見てみると、「一」も、ただ線を横に引いただけ。
「国」の右肩も、ただ筆を角から下に引いただけのものがほとんどである。
溜がなくて、のっぺらぼうな感じ。

これは時代によって違うのかもしれない。
例えば明の時代以降は留めのところをコブにするとか。
活字でも明朝体は右肩にコブがあるものね。

そして、ニンベンの上の「ノ」の部分の払いも、上に打ち込みがあって、それから左下に向けて払うので、線の先は細くなる。
でも、展示会で見た中には、同じ太さで単に「イ」と書いてあるものも多い。
ただの棒の線が2本と言う感じだ。

これらの字は、美術館で展示されているぐらいだから、一応は見本となる字だ。
その字は、今まで習った字の形じゃない。
そう考えると、いままで学校や習字教室で教わった書き方を忠実に守らなければ、それは美しい字じゃないということでもないのだろう。

もっと気楽に字を書けばいいんだ。
そう思ったら、今回の展示会に見に来た甲斐があったと一人合点がいったのであります。

それにしても、凡はアホだね。
展覧会を見た帰りに、百均によって、筆と習字用の下敷きと、半紙と墨汁を買って帰った。
もう、字を書いてみたい気分になっちゃったんだよね。

でも、全部百均というところが、これまた凡なのではあります。



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