散散歩歩。(504)アイラブユー・ほたえてくれ!みゆきさーん。(176)

5月3日。夜中の27時。
みゆきさんのオールナイトニッポン月イチの日。

今回は前回の月イチから2週間しかなかったから、嬉しいね。
なんたって、みゆきさんの声をライブで聞く事が出来るのは、今のところ月イチぐらいだもの。

そんでもって、今回は始めからみゆきさんも軽やかな語り口調で、聞いている凡も自然と寝起きだけれど1人夜中に微笑みに変わる。

少しばかり気持ち悪い顔である。

いつもハガキを送っているネガティヴ川柳は、1枚しか送ってないので、期待してはいなかったが、読まれなくて残念。

読まれなくてというか、みゆきさんに名前を呼んで貰えなくて残念という方が正解だ。

先月は、何枚も送ったので、少しは今月に回した方が良かったかな。

さて、そんでもって、放送の内容だけれど、「へえ、そうだったんだ。」という内容も多かった気もするので、凡なりに楽しみながら、思い出しながら、書き留めておこうかなと思う。

そんでもってなのですが、そんな「そうだったんだ。」のなかで、1番「へえ。」だったのが、泣いてもいいですかのコーナーで、リスナーのハガキにみゆきさんが、「自転車に乗れませんが。」と言ったことだ。

ビックリした。
絶対に乗れると思ってたよ。

だって、帯広って凡のイメージだと、田舎なんだ。
だから徒歩だけじゃ行動範囲が限られちゃうでしょ。

放課後とかにさ、友達と、勿論に女の子の友達だけどね、長い髪を帯広の爽やかな風になびかせて、立ち漕ぎなんかでさ、前日のドラマの話にはしゃぎながら、まっすぐな道を自転車で走り抜けていく、そんなイメージだったんだけど。

それが、自転車に乗れなかったんだね。
というか、今も乗れないんだ。

とんでもなく、可愛いじゃない。
自転車に乗れないみゆきさんって。

じゃ、どうするのよ。

凡が後ろに乗っけてあげるしかないよね。

「みゆきさん、しっかりつかまっててね。」
なんて凡が言うわけ。

「なんか凡ちゃんの背中あったかい。あ、心臓ドキドキいってる。」
なんて、みゆきさんは凡の背中に耳を当ててしがみつくんだ。

それでもって、やっぱりここは白のワンピースにサンダルでさ、少しつばの広い帽子を片手で押さえて、片手を凡のお腹に回している。

勿論、横すわりだ。

間違っても、GパンにTシャツで、荷台にマタガッテ座っちゃいけない。

可愛いよ。
勿論、可愛いぬ決まっている。
みゆきさんだったら、Gパンに白いTシャツで荷台にマタガッテ、「凡ちゃん、行けー!」なんてさ、そんな感じもモチのロンに可愛いに違いない。

でも、初めてのみゆきさんとの二人乗りは、ワンピースで横すわりが雰囲気だ。

東京だと車の多い道になるのかな、でも出来るならまだ緑の多い住宅街もいい。

「きゃー。もうヤダー。凡ちゃん、わざとデコボコのとこばかり走ってるでしょ。」

「あ、ダメだよ。走ってる時にくすぐっちゃー。」
なんて、付き合い始めた高校生のような、凡と、みゆきさんだ。

気がつくと、木陰になった道の横に小川が流れてて、ひんやりとした風が二人の半袖の袖口に吹き込んで、気持ちいいねなんて話をするね。

そして、こぎ疲れたらコンビニでガリガリ君を買って食べるよ。
みゆきさんの少し汗ばんだうなじの後れ毛が凡には眩しくも色っぽい。

もう、凡は気持ちを抑えきれなくなって、神様に感謝せずにはいられなくなってしまう。

「神様、みゆきさんが自転車に乗れなくて、ありがとうございます。ナンマイダ、ナンマイダー。」
いや、ナンマイダは、仏様だ。

「えーっ。アーメンと。アーメン、ソーメン、冷ソーメン。あ、ふざけてちゃいけない。」

「とはいうものの、どの神様に感謝したらいいか分かんないよ。ハーラヒレハレホレー。」

そんな凡をみゆきさんは優しい目で見守ってくれるよ。
みゆきさんは、優しいもんね、きっと付き合ってくれる。

「ハーラヒレハレホレー。」凡が祈りながら手を上げて踊る。
そしたら、みゆきさんも、手を上げて「ハーラヒレハレホレー。」

そしたら、凡も、「ハーラヒレハレホレー。」
みゆきさんが「ハーラヒレハレホレー。」

つまりは、これが愛というものである。
妄想のなかでは、凡とみゆきさんは愛し合うことが出来る。

それにしても、みゆきさんは中学生のときでも、高校生のときでも、自転車に乗ろうとは思わなかったのだろうか。

周りの友達は、きっと自転車に乗ってたと思うんだ。

「みんなほ、自転車に乗れるけど、あたしは乗れなくてもいいや。」なんて思ってたのかな。

それか、「あたしって、どうして自転車に乗れないんんだろ。トロ?なのかな。」とかね。

でも、何にしても、自転車に乗れないことが、みゆきさんらしいし、可愛いな。

みゆきさんは自転車に乗れない。

しかし、この事実を冷静に検証してみるならば、みゆきさんは非常に理論的な想像力を持った女性であるという事が出来るかもしれない。

多くの自転車に乗れる人は勘違いをしているのだ。
自転車に乗って、しかも移動できると、本来は不可能な事実を、集団ヒステリーのような思い込みでもって、皆が乗れるんだという勘違いをしてしまって、何となく乗れてしまっているだけだ。

理論的には、自転車に乗ることは、サーカスの団員以外、極めて困難なことなのである。

自転車という機械は、2つの車輪でもって地面に接している。
その接しているのは2点のみであって、しかも極めて面積が小さい。
ほとんど点である。

その点で接地した車輪の2つは連動しておらず、極めて不安定である。
しかも、その上に人間という何十キロもある不安定なものが乗っかっていて、両足をジタバタさせることで、勘違いしながら走っていくのである。

もし、自転車というものの存在をしらない科学者に、自転車の設計図を見せて、この上に人間が乗って走るものだと説明しても、おそらく大笑いして信じはしないだろう。

皆が勘違いしているから何となく乗ることが出来ているだけだ。
理論的には、自転車に乗ることは不可能なのである。

それを、みゆきさんは固定観念を持たずに理論的に乗れないと判断したから乗れないんだ。

つまりは、頭が良くって、可愛いという事だ。

それにもまして不思議なのが、凡の住んでいる町の年寄りだ。

朝、通勤の時に早足で駅に向かっていると、凡の後ろに自転車に乗ったおじいさんやおばあさんがいる時がある。

凡は、当然自転車の方が早いから凡を追い抜いてもらおうと道の横に寄ったりするのだけれど、ゆっくりゆっくり走ってるから凡を追い抜くことが出来ないんだ。

なので、凡の後ろをずっと自転車がくっ付いてくることになって、気持ち悪いんだ。

早く抜いてくれと思うんだけど、ゆっくり走っている。
しかし、良く考えるとこれも、よくこけないものだなあと思うのである。

あんな不安定な自転車の上に、あんな年寄りが、止まっているようなスピードで走りながら乗っかっている。

どえらい勘違いというものである。

そう思うと、人間勘違い程スゴイことはないのかもしれない。

ということは、凡もみゆきさんとデートできると大いに勘違いすべきなのかもしれない。

今回の月イチでは、他にも7「へえ。なるほど。」と思ったこともあるのですが、長くなったので、続きはまた明日でも。

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