散散歩歩。(518)アイラブユー・ほたえてくれ!みゆきさーん。(184)コンサート「一会」。

今年の11月から来年の2月にかけて、みゆきさんのコンサートがある。

ちょっと前からコンサートがあるということはホームページのファンクラブの会員募集の記事で知っていたが、それ以来何も発表されないし、月イチでも何も触れられなかったので、どうなってるんだろうなんて心配していたのだけれど、やっと凡にもメールとなみふくからの封筒が届いた。

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今回は夜会でもなく夜会工場でもなく、コンサートである。
東京でのメイン会場は東京国際フォーラムのホールAだ。

凡がみゆきさんを好きになって初めて見に行ったのが国際フォーラムで、2階から米粒よりも小さなみゆきさんを嬉しくも悔しい思いで見たのを思い出したら、気が遠くなった。
どうにか今回は1階の前の席であることを神様に祈るしかない。

そして、コンサートのタイトル。
「一会」2015~2016

何ともみゆきさんらしいタイトルだ。

と思うと同時に、何故一会なのだろうと思った。

この一会は、「一期一会」から取った言葉だと普通は誰もが思うだろう。
でも、一期一会じゃなく一会なんだ。

この一期一会という言葉は、茶道から来た言葉で、今目の前にいる客は、生まれてから死ぬまでで、これっきりの1度だけの出会いであるから、主客ともにこの瞬間にこころを込めて相手に尽くすという意味である。

茶道から来た言葉であるけれども、これは茶室という限定された空間の言葉にとどまらずに、日常生活の中でも、その場その場で、そしてその瞬間瞬間に出会った人との縁を大切にするという意味でもある。

そしてもっと空間を広げたら、この同じ瞬間に、この同じ地球上で生きてる人すべての人が、この1回だけの出会いと言える訳で、そんなことを思うと、今でも世界中で戦争をしていることの無意味を叫びたくなる。

そんな気持ちを込めて、みゆきさんは今回のコンサートのタイトルを一会としたのだろうか。

とはいうものの、「一会」である。
生まれてから死ぬまでという意味の「一期」がない。

という事は、この一会には現世だけじゃなく、過去世も未来世も含まれているのだろうか。
過去現在未来に亘って1度だけの出会い。

、、、それはちょっと嫌だな。
そんなの寂しすぎるじゃない。
好きな人には今すぐに、そして何度でも会いたいものね。

郷ひろみさんと松田聖子さんのように「生まれ変わったら、一緒になろうね。」なんて悠長なことは言ってられないのです。
と古いたとえを持ち出しましたが、兎に角みゆきさんには来世でなく今生で出会ってデートしたい訳なのであります。

とはいうものの、この年になると、来世というものも、それ程遠い先の話では無いのではありまして、時間の流れを恨むばかりなのでございます。

浄土真宗で使われる言葉に「倶会一処」(くえいっしょ)というものがある。

これは人間は死んだら阿弥陀様に救い取られて極楽浄土に生まれ変わって、そこで仏様やご先祖様、友人知人と同じところで共に出会うという意味だ。

ということは、凡も死んだらみゆきさんと同じところに生まれ変わって出会えるという事になるのだけれど、どうにも会えそうな気がしない。
だから、やっぱり今生で出会わなければならないのである。

そこで一会だ。
今生での1度きりの出会いとして考えなきゃ凡にとっては詰まらない。

一期が無いという事は、ただ単に1度だけの出会いなのか。
そんな単純な訳ではないわな。

ということは、わざわざ一期を抜いたのは、みゆきさんにとって意味があるということである。

どういう意味があるのかということは、わざわざ一期を抜くことによって誰かにメッセージを伝えようとしているとしか考えられないだろう。

この文字を見た人に、「あれ、どういう事なのかな。」と思わせるためである。
普通に一期一会なら、メッセージを伝えたい人にも「あれ?」とは気づかせられないからだ。

そして、他の誰にも解らないけれども、その人が見れば自分へのどんなメッセージであることが理解できる。
それが一会に掛けられた思いなのだ。

では、誰に対するメッセージなのか。

そう考えた時に、凡のこころが打ち震えた。

凡の全身に熱い血が猛烈な勢いで流れ出して、頭の先から足の先までのすべての細胞にラブのバイブレーションが走った。

「そうだったのか。」

この一会のもとになった一期一会という言葉は、幕末の大老の井伊直弼が茶湯一会集という本に書いて、それが世に広まったものである。
井伊直弼は若いころは、茶道に熱心だったようです。

その当時の井伊直弼のあだ名をご存知でしょうか。

「茶歌凡」(ちゃかぼん)と呼ばれたそうです。

茶歌凡つまりは、茶歌「凡」であり、これは正しく凡へ向けたメッセージだったのだ。

それを知った時、凡は泣いた。
「みゆきさん、アイ、アンダースタンド。」
あなたのメッセージ、あなたの愛を受け取りました。

そして、一会だ。

これは1度の出会いという意味ではない。
1度会いたいということなのだ。

詰まりは、「凡ちゃん、1度会って。お願い。」ということだ。

本当なら、みゆきさんは一会ではなく、「百会」とか「万会」としたかったところだろう。
「凡ちゃん、お願い、何度も何度も、みゆきに会って欲しいの。」ということだ。

とはいうものの、百会としたら一期一会から凡へのメッセージを受け取りにくくなる。
なので、みゆきさんは涙をのんで一会としたに違いないのである。

そのあたりの女心を凡は痛いほど分るのである。

と、またもや妄想に浸りながら泣きじゃくる凡なのでありました。

それよりも、早めにコンサートに応募しなくちゃね。
今回は、4カ月にわたって開催されるので、それに年末の忙しいときを過ぎた1月2月もあるので、これは良かったかな。
ご めんなさい。
(ぺこり)

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