そうだ、ソウルへ行こう!(199)台湾慕情。台北101。

台北101の展望台の受付は、5階にある。

開場してすぐの時間に来たのだけれど、行ったり来たりのロープには、もう人が並んでいた。
入場料400元。

展望台行きのエレベーターに乗ると、びっくりするぐらい速いスピードで上昇していく。

展望台は、周りがガラスになっていて、そこから下を見下ろすと、台北市内が遠くまで見渡せるそうです。

そうですというのは、凡は展望台の真ん中にいて、ガラスの近くには行っていないからであります。
凡は極端な高所恐怖症である。

そんな凡を見て、ミニボンがおどけてガラスの壁から落っこちるジェスチャーをした。

「危なーい。」
凡は叫んだ。

どうしてこうもO型は、無神経なのだろうか。

今、凡とミニボンが立っている展望台と、外側の地面がない、すっからかんの空中とは、ガラスという非常に不安定な物質で遮られているだけである。

つまり500メーター近い立方体の、端っこに立っているのと同じなのですよ。
こんな危険な状況で、よくそんな愚行ができるものだ。

もし、暴漢が現れてピストルで、この不安定なガラスの壁を打ったらどうするの。
この展望台とすっからかんの空中とは、何の遮るものがない、いけいけの状態になるではないですか。

そんな時に、足を躓きでもしたらどうするのよ。
考えただけで、足の力が抜けてくる。

凡はそんな光景をアクション映画で何度も見てきている。

それは映画のことだと、無知な人は笑うかもしれない。
しかし、映画監督たるもの100%起こりえないことは映画にはしないはずだ。

一体、そういうことを想像できないというのは、どういうことだろう。

想像力は、人間にのみ与えられた神様の恩寵であります。
その有難い想像力を放棄するということは、自分が人間として存在しているということを放棄しているということと、ほぼ同じ意味であると言える。

そんなことも考えないミニボンが、嬉しそうにガラスに顔をつけて写真を撮ったりしている。

「哀れだ。」

でも、仕方がない。
今は、折角台北101に来たのだから、そして危険な場所ではあるが、喜んでいるのだから、そうさせてあげよう。
想像力は、帰国してからでも訓練できる。

ミニボンが、展望台を1周したのを待って、1階下へ降りていく。

そこは、お土産などを売っているスペースとなっていた。

ちょっと高そうなお土産が多いので、ただ見るだけなのですが、テレサ・テンさんのDVDを売っていたので、買おうか買うまいか、かなり悩んだ。

テレサ・テンさんは、いいですよね。
ここ台湾では、皆に愛されている歌手なんです。

凡は、香港映画が好きなのですが、映画の中でもテレサの曲がいろんなところに使われていたりするんです。
チョウ・ユンファが映画の1シーンで、テレサの歌を口ずさんだりするのを見ると、嬉しくなります。

DVDは、悩んだ末、買わなかった。
テレサは有名だから、また買えるかなと思ったからです。

画像


さあ、もう、いいだろう。
101の展望台に、間違いなく来たのだから。
取りあえずは、101を制覇したといえる。

また、平穏な地上に戻ろう。

下りのエレベーターの近くに来たとき、絶句した。

エレベーターに乗るための、順番を待つ、行ったり来たりのロープの1部分が、不安定なガラスの壁の近くまで延びているのである。

平穏な地上に戻るのには、不安定なガラスに近づかなければならない。

なんと配慮に欠けた施設なのだろう。
101にも高所恐怖症のお客が来るということを想定しなかったか。

そこを通らないと帰れないので、ほとんど気を失いそうになりながら、順番を待った。

ガラスの壁の近くで、アメリカかどこかから来た中年のカップルが、嬉しそうにガラスから下を覗きこんでいた。
彼らもまた、O型なのだろうか。

地上に下りると、手と足の裏に、ぐしょりと汗をかいていた。

画像
(ガラスの下には、こんな風景が広がっているそうだ。)

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ごめんなさい。
(ぺこり)

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